リサイクルショップのことをもっとよく知りたい
時には、彼らが地方から上京する度にシティホテルを用意し、高級店での食事、ナイトクラブ、カラオケ、そしてお車代までもがモヤモヤと存在してきたりもする(これはあくまでも私自身の実の経験です)。
その対応によっては、自社ケースの位置はもちろん、その存在すらあやぶまれることも…。
私は当時、結構恵まれていたほうで、むしろそのフロアーマネジャー殿とリニューァル改装図面を眺めながら、どのメーカーさんのケースをなくそうかといった相談にまでのる側にいた。
もちろん、メーカー側としての立場でありながらである。
不幸にもそうやってなくなった他社メーカーのケースは、私の方に増ケースとなって返ってくるのであった。
そういった人間関係を保つことは、前述したソフトコミュニケーション販売のノウハウを体得した私にとっては、そんなに難しいことではなかったのである。
だが、私にとってはハッピーであったそのしくみは、実は百貨店販売の大きな欠点なのFではたいへんいい環境の中で仕事ができ、三年間で売上げも大幅に拡大した。
私も本店店長、企画室長、子会社の役員など、五つの役職を兼務するようになっていた。
また、サラリーマン化しつつあった社員のカンフル剤としての目的も功を奏し、ようやく苦心の末、いわゆる職人意識ともマッチングし始めた。
仕事も結構ダイナミックなことをまかされていたし、近く、専務にとの内定も聞いていた。
そんなある日、突然企画室に私あてに一本の電話がかかつてきたのである。
Nからで、会って話したいことがあるということ。
私はてっきり商談だと思った。
〈Nならアルミかな。
アルミ鍋を売ってくれという話だったらどうしようか。
ホワイトデーに鍋にケーキをセットして売るなんてのはどうかな〉などと考えながら、品川の本社に訪ねて行ったのである。
行ってみると、U副社長(当時)、海外担当のS常務(当時)、生活文化事業部のS(当時)というそうそうたる顔ぶれに迎えられた。
どういうことかといぶかしんで部長「Kさん、うちに来て一暴れしないか」という話。
寝耳に水のことである。
話の内容は、次のようなものであった。
Nではダイレクトマーケティング組織を作ろうとしている。
つまり、消費者を組織化する販売組織(ダイレクトセールス・コミュニケーション組織)である。
現在の問屋流通に頼っていては限界がある。
ちょうどそのときアイスクリーマーが大ヒットして二○○万台売れた勢いをきっかけに、問屋が存在しなくてすむ、消費者と直接つながりを持つ下部組織をつくりたい。
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新しいリサイクルショップには洗練されたイメージがあります。多くの人が満足したリサイクルショップの紹介です。
